子宮頸ガンになってしまったFTMTSでございます。


by jack-dancer
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2006/01/28 認識の相違 △△

インターネット上の某所で奥山氏の日記についてちょっと話題にした。

そのページではおれの病気のことがメインではないから、奥山氏のことも「すでに亡くなった文筆家」くらいにしか説明せず、彼が残した日記は長い遺書のようなものだが、その中の文章にちょっと好きな表現があったというようなことと、「オレを覚えていてほしい」といった奥山氏はきっとこうやって時折自分の書いた文章が話題にされることを望んでいるだろうというようなことを書いた。

すると、そのサイトの訪問者から、今インターネット上で話題になっているらしい「遺書のような日記」というものを紹介されてしまった。

いや、紹介してくれたやつは悪いやつじゃないし、悪気があるわけじゃない。
どんな小さなことでもものごとを真剣に考える、まじめな男だ。
しかしその日記は「自殺したひとの日記」だったのである。
最後に「これから死にます」と書いた日記だ。

おれはちょっと困ってしまった。
はっきりいうと「生きたいと思っているのに死んでしまう(かもしれない)人間」と「生きていけないから死ぬことを選択した人間」を比較したり並べたりすることにはまったく意味がないと思えたからだ。
自殺は本人の権利であるし、おれはもケースによっては尊厳死もアリかなと考えている部分がないわけではないから、死にたくなる人間の気持ちはわからないこともないが、少なくともギリギリまでは生きていたいと思うし、そうすることが性に合っているため、心情的には力いっぱい自殺は否定したい。

 #なんか歯切れが悪いな。。。

話は逸れるが、実は数年前、著名な文筆家がテレビで「ホスピスを選ぶのは”逃げ”だ」というような発言をしているのを聞いて、まだこの病気が発覚する前であったにもかかわらず、当時ライターのはしくれだったおれは腰を抜かすほど驚いたことがある。

文筆業という「言葉のプロ」であり、かつ大事なひとをガンで失ったという経験をもちながら、そんな無神経な発言を不用意にしてしまったその「作家センセイ」に、怒りを通り越してただひたすら驚愕したことを覚えている。

プロですらそうなのだから、素人はよりそういった発言に注意するべきだ、などというお説教じみた、中学入試あたりの国語問題に出そうな文章を書く気はさらさらないが、ときおり当事者とそうでない者の間には越えることのできない温度差のようなものを感じるのはおれだけか。
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by jack-dancer | 2006-01-28 23:15 | 術後0~1年